ローマンインターナショナルアソシエイツ
〒176-0021東京都練馬区貫井
カナダの年金アクチュアリー、USエンロールドアクチュアリー、社会保障制度による各・墲フ給付コンサルタント。
Tokyo,
JAPAN
The Missing Asset - 欠落した資産[RM1][1]
物 語
職業パイロットがいる。彼女の義務は、彼女を雇用する事業主の顧客が乗る飛行機を飛ばすことである。彼女は、給与と福利厚生により処遇されている。通常の雇用契約における取引の流れは、まず彼女が飛行機を飛ばし、次に給与が支払われる。彼女が仕事を実行してから給与を払われるまでの間、彼女は事業主にとって無担保の債権者である。幸いにして、従業員の給与は、事業主の破産状態において優先権を持つ。彼女の給与は、次の支払小切手を担保に短期の借り入れができる程度には、支払われる高い可能性を持っている。
たまたま彼女が、事業主によって払い戻されるべき費用を負担したとする。費用負担から払い戻されるまでの期間は、給与と同様に、彼女は事業主にとって無担保の債権者である。しかし給与とは異なり、払い戻されるべき費用は、事業主の破産において特別な優先権は持たない。事業主が払い戻さないままに破産したとすると、他の無担保の債権者と一緒に回収する権利を持つだけである。
パイロットとして、彼女には多額の最終平均給与比例の給付建て退職給付制度がある。彼女の給与は高く、勤続年数も長い。数学的には、彼女には、パイロット以外の従業員より早い引退年齢において、彼女を雇用する事業主の従業員にとして最高額となる給付に対する権利がある。
しかしながら会社の給付には、どんなものであっても彼女がその給付を獲得したと感じる労働を提供した時から、実際に給付が支給される時までの期間に、特別な問題があることを彼女は理解していない。彼女は、単に期待しているだけなのである。給与や払い戻されていない費用とは異なり、事業主には、彼女の労働期間中に、彼女の給付に対するいかなる法的義務も発生していない。受託者や関連した信託との関係では何らかの法的権利を持つかもしれないが、いったん事業主が破産すれば、彼女は事業主に対してなんら権利を持たない。事業主の義務は、受託者や関連する信託に対するものであり、その関係は契約もしくは法により統制されている。
退職給付制度に関しては、事業主は常に許容される最低額しか拠出してこなかった。このことは、最近の市場の「調整」より前に事業主がコントリビューションホリディを行使していたとき、彼女の既発生給付さえも完全には積み立てられていなかったことを意味する。社会的に保証されるのは、より遅い引退年齢に支給開始となる、既発生給付の約30%であり、これは、彼女が期待していた全勤務期間、最終給与の給付のほんの一部に過ぎない。
最近、彼女を雇用する事業主は破産保護を求める手続きを開始した。
現 実
Eugene Wedoff判事は、争点とはなっているが、この裁定はいかなる法やユナイテッド航空の団体協定に違反するものではない、と言った。彼は、ユナイテッド航空のような会社の従業員は、なんの措置もなく会社が破綻すれば、より少ない給付か、給付なしで終わることもありうることを指摘した。
「可能な選択肢の中で最も悪い程度が最も少ないのは、航空会社の機能を保ち、従業員に給与を支払い続けるものである。」とWedoffは言った[2]。
ユナイテッド航空の客室乗務員のコメントは、次のように報じられている。
「裏切られた感じです。」と彼女は動作を交えて言った。Tamuk (49歳)は、Wedoffの裁定により年金が月額1,700ドルから、月額800ドルに減らされる、と言った[3]。
質 問
1. なぜ積立基準が必要か?
2. なぜ事業主は、退職給付制度を積立不足にするのか?
3. なぜ社会は、退職給付制度の加入者を保護する義務を受け入れるのか?
4. なぜ制度提供事業主は、会計基準をそれほどまでに毛嫌いするのか?
5. 金融経済学のどこが悪いのか?
本稿では、欠落した資産がこれらのすべての質問において役割を果たすことを示す。
投資資産/将来の経済活動の価値の貯蔵庫
引退における将来の経済的な安心感は何に依存するのだろうか?ブッシュ大統領は、政府の債務はそれほどの安全性がないことを示唆した[4]。彼は、社会保障信託基金を支える特別債に言及して、「信託「基金」はない。私が直接見たのは、単なる借用書(IOU)だ。」と言った。他の専門家は、引退給付を支える投資資産は、経済変動に関わらずす、引退時に何らかのかたちで食料(食料を用意するために必要な燃料を含む)、住居(衣料品を含む)、安全(医療を含む)を提供する、とするできると言う。特に、投資資産は、就労していない扶養家族を支える労働者が少なすぎる場合にも、完全な、就労しない老後を支えることができる、と彼等は強調する。
住宅を、前もって支払いが完了している場合に、経済情勢がどうなろうとも、極めて少額の費用で住居を提供する投資、と規定してみよう。「住宅を購入する最大の理由は、そうすることによって実質的に自分自身に賃貸することができることである」[5]。費用といえば、メンテナンス等の維持費と固定資産税のみである。固定資産税は高齢者には低額となる可能性があることに加えて、メンテナンスと税は周期的であろう。固定資産税の支払いとメンテナンスの更新を怠ると、最終的にはその住宅が住居を提供できない結果となる。
生活必需品のいくつかは、食料を提供するために使おうとする時よりだいぶ前に購入することができる。それらも維持費がかかる。それらを保管しなければならず、時として、所有形態によっては継続的に課税される[6]。
経済情勢に依存しない将来の価値を現実に貯蔵した資産は他にもある。しかし、道路、橋、ダム等、莫大な維持費なしで長期間価値を維持できるものは、ほとんどない。
どれだけの退職給付制度が、加入者が無料で居住できる住宅や、安く貯蔵して最終的に加入者に無料で配布される、便利で食用に供する生活必需品を保有しているであろうか?退職給付制度の基金が保有する実質的にすべての資産は、将来の経済活動に依存して価値が決まる資産である。
債券は、明らかに借り手の将来の収益に依存している。元本と利息を返済するという約束は、借り手の収益力なくしては本質的に意味がない。無担保の債務において元金返済のために将来の経済活動が要求されるのと同様に、担保付債務は担保物件そのものの継続的な市場によって保護されている。
それでは、株式、リミテッド・パートナーシップ、その他の持分のような、所有に関係する資産はどうか?Enron崩壊が、よい例である。投資家が、Enronはよく管理された会社で将来の収益を増加させる特筆すべき機会を保持している、と信じていたとき、同社の株価は非常に高かった。株価の一部には、Enronの事業手法が産業全体の生産性を上昇させ、その結果、全体の富が増加する、という経済全体への好影響が含まれていた。真実が明らかになると、分配可能な価値は実質的にゼロとなった。株式は、将来の各年度における分配可能な収入の現在価値に関係する評価額となることが想定されている[7]。破産における企業の「清算価値」[8]は、通常は極めて小さい。PBGCは、破産した制度提供事業主の純資産から、積立不足の約5%を回収する[9]。この「5%積立不足」は、PBGCが受益者に対して負うこととなる額を基準として決めるのであって、彼等が事業主から約束されたと思っている額を基準としているのではない。
将来の利益水準への信頼は、企業価値の重要な決定要因である。2001年以来のキャピタルロスの大部分の原因は、最終的に人々が、かつての不合理な繁栄[10]がもやは現実的でない、と考えたことに帰する。
将来の経済活動に依存せずに価値を保持することが可能であるという原則は、米国社会保障制度改革の最近の勧告に拡張される。普通の人々に、将来の引退のために投資資産の価値を保持することができる、ということを納得させる試みが実施されてきた。彼等は、たとえ労働者が2人しかいなくて、それぞれが就労していない人を扶養している場合でも、引退した人は投資資産を充分に蓄積するしたことで裕福に暮らすことができる、という考えに同意を求められた。
その時の労働者は、引退した人が自身のポートフォリオに累積した投資資産の価値を認識することと引き換えに、「よろこんで」消費を減らす、という仮定が存在する。引退した人が、自身の住居、貯蔵可能な食料、その他有用な生活必需品の形態で貯蓄していない限り、彼等は消費のための価値を創造する労働者に依存することになる。
引退者/被扶養者は、どれだけ支払わなければならないであろうか?労働者に生産を促すのに充分な額とは、全員に充分な額なの全員に十分なものを生産することを、労働者に促すに十分なもの[RM2]である。最終的に経済における貨幣価値をコントロールするは労働者であり、引退者ではない[11]。労働者が自身の生産活動から公正と考える分け前を得ていないのなら、彼等は単純に、労働に対してより多くを請求するであろう。労働需要が労働供給を上回るため、労働者は要求したものを受取るであろう。裕福に生活することを望む引退した人々は、従属人口比率を低下させることに協力せざるを得ない。彼等は働き、雇用税を支払うことになるであろう。
事実上、退職給付制度が保有するすべての投資資産は、将来の経済活動の価値を格納した貯蔵庫のようなものであり、関係者間の契約上/法律上の関係にもとづく支払いの約束であると説明される。債券は、通常はある時点における元本の利息とともに、一定期間にわたって元本の一定割合を支払うことを約束する。所有に関連する証券は、将来の収益の一部を、その時の所有関係と持分を基準として支払うことを約束する。
給付建て制度(DB)対掛金建て制度(DC)
従業員から見た場合、老齢期の引退の準備に関して、まったく異なる2つのアプローチがある。
DC制度は、事業主が各口座に実際に掛金を拠出した時点で、受給権が極めて急速に確定する[12]現在の収入への増額となる。事業主が提供者となるDC制度の信託は、制度のコストを信託資産から控除することが多く、それはIRAやRRSP (訳者注:米国の個人引退勘定およびカナダの登録引退貯蓄制度)等の個人制度との比較で、従業員にとっての追加負担となっている[RM3]。しかも、アームズ・レングスよりも短い距離での取引機会が多々ある。
証券会社や運用会社は、DC制度においては教育のみが成否の鍵を握る、と信じ込ませている。社会にとって、401(k)やその他のDC資金の投資方法を充分に教育することは、困難である。プロの投資家の中でも、平均を上回るのは、わずか半分程度である。教育を受けて自身の資金を投資する普通の人々が増加すれば、プロはすべての投資家の平均を上回る者が増加し、統計上は向上する。
たとえ個人投資家が充分教育を受け、かつ幸運であったとしても、リスクおよび/またはコストは甚大なものである。実際、零細投資家は、投資選択も限られ、分散投資が不充分で極めて投機的になることが多い。零細なポートフォリオに効率的フロンティア[13]など、あてはまるのであろうか?事業主補助掛金を制度提供事業主の株式に投資することを求め続けている制度もある[14],[15]。たとえそのようなことを求めなかったとしても、従業員は分散投資を行なわないことが多い。
北米における今日の状況は、自動的加入と自動的掛金引上げを採用する企業が増加していることを示している。MarketWatch[16]で引用されているHewitt Associatesのサーベイによると、自動的に加入した者の掛金は、主として「保守的な」ポートフォリオ[17]に投資されているという。引退給付に対する影響について、HewittのMs. Lori Lucasの以下の発言が引用されている。
「たとえ、加入者が前向きに加入し、積極的で充分に分散投資されたファンドに、自動的に加入した時より高率の掛金を拠出していたとしても、彼等のうち何割かは、当初のより積極的なファンドもしくは十分に分散投資されたファンドを用い、より高い拠出率で自ら加入していたであろう者でさえ、自動加入の場合には、その何割かが保守的なデフォルトファンドを維持するという惰性を許してしまう。このことは、彼等の引退収入の適正性を損なう効果を持つ懸念がある[18]。」
対照的にDB制度は、例えば老齢による引退のように、特定の事象が発生したときに一定の給付を提供するが、金額は事象発生時の勤務や給与等の雇用に関係する事実によって異なる。給付額(標準的形態)は、様々な算定式で定義される。
1) 北米においては、給付額は従業員が継続して働いていたとした場合に、老齢による引退日であったであろう時点から支給開始となる年金として定義されることが多い。早期引退の減額要素や、早期引退補助を失うことの喪失は、実際の離職において従業員が現実に利用可能となる価値に重大な影響を及ぼす。
2) 日本では、給付額は従業員が退職したときに支払われる一時金として定義されることが多い。通常は、早期引退の減額は存在せず、給付額は年齢を考慮することなく定義される[19]。このことは、全員が早期引退補助を利用可能であることを意味する。
制度提供事業主から見た場合、両国において掛金建て制度は、従業員から見た場合とまったく同じで、本質的には現在の給与の増額である。加えて、DC制度には柔軟性がある。1980年代の米国における401(k)制度の出現以来見てきたとおり、事業主は、これらの制度に参加する程度を変更する柔軟性を保持してきた。そのことにより、事業主補助掛金の割合は、当初の水準から頻繁に引き下げられてきた[20]。
しかし、制度提供事業主から見た給付建て制度はどうであろうか?
日本では、民間の事業主は、主に2つの方法で給付建て制度を提供する。1つは、保険会社や信託銀行といったサービス提供業者から購入した制度であり、以前は適格退職年金(TQPP)および厚生年金基金(EPF)といわれていた。もう1つは、就業規則内にある内部的な約束で、「引当金」制度[21]といわれている。
「引当金」制度のもとでは、事業主は現在の労働に対して将来の給付を約束する。その約束は、支払い時期における給与や勤務等の雇用関係の要素にもとづいた一時金である。制度終了時には通常、従業員は制度が規定されている就業規則[22]にもとづいて、企業が負っている給付の支払いを受ける。破産法のもとでは、給付に対する優先的権利が存在するが、一定の限度がある。
外部積立制度の場合、制度提供企業は個々に計算された保険料を拠出することを求められる。制度終了時には、制度加入者は、給付について制度にしか注目できない。保険会社および信託銀行は、基金が枯渇した後も残るような約束を、めったにするものではない。厚生年金基金の場合には、債務を第三者に移転する[RM4]超法規的な施策が存在する[23]。しかし、日本の外部積立制度は、事業主の義務は拠出時期になったら保険料を拠出することだけという点で、実質的には掛金建て制度である。
北米の現状
事業主から見ると、北米のすべての民間退職給付制度は、実は掛金建て制度である。
例えば、米国の多数事業主制度は通常、団体協約にもとづく一定の「時間単価」の掛金を要求している。法律的に要求される事業所脱退時の掛金[24]や、一部の事業主が団体協約を超えて拠出しなければならない局面もあるが、これらは法的に要請された信託基金への掛金であり、従業員に約束した給付の支払いではない。従業員は、「約束された」給付に関しては、多数事業主信託基金を注目することしかできない。
うまく規定された多数事業主でない制度にも、実際には制度終了の際に給付を「積立の程度」までに制限する文言が含まれている。エリサ法は、制度の適格性や、計画していない追加的掛金が要求される状況[25]を含む、適格退職給付制度の積立における制限を、事細かに規定している。
エリサ法は、制度提供事業主に給付を約束させることによって、約束した給付を直接加入者に支払うことを求めてはいない。私的年金制度は適格でなければならないが[26]、それは、制度が制度提供事業主とは分離した主体である信託に含まれなければならないことを意味し、信託は事業主や債権者から隔離されている。信託は、受益者、すなわち加入者に支払いを実施する。制度提供事業主は、信託に対する義務があるのであって、加入者である従業員に対して義務があるのではない。
興味深いのは、エリサ法の適用外となっている公的部門の給付建て制度には上記があてはまらない、ということである。それらの多くは、繰延給与の約束を法律に組み込んでいる。徴税力のおかげで大部分の公的機関にとって本当の破産はほとんど有り得ないが、現在の労働に対する将来の給付の約束は、法的強制力がある。つまり、約束は、本当の意味で将来のための約束なのである。有権者に約束を変更する力があることは事実である。しかし、カリフォルニア州知事は最近、公務員がいかに知識を持っているか[27]、また、自らの価値ある給付建て制度を維持するために、いかに積極的に働くか、に気付いた。
非常に寛大な米国大統領の給付(議員の給与にスライド)や国会議員の給付は、伝統的な意味で事前積立ではない。55歳の前大統領に対するセキュリティ(シークレット・サービス)、事務所や事務所のサポート等の見通しが立てられる費用を計算に入れなくても、このたった1人の引退に伴なう現在価値は、容易に390万ドルを越えてしまう[28]。この制度は外部積立ではない。米国大統領や議会は普通の人々が個人勘定を持つことを望んでいるかもしれないが、政治家が自身の引退のために同様の機会に飛びつくとは考えにくい。
多くの州教員は、同様の立場にある。軍人も同様である。各々の制度提供者は、実際の将来給付を約束しており、それは給付の数理的現在価値を達成するために必要な掛金の拠出に限定されているわけではない。軍人の年金は、外部積立ではない。
それでは、大統領、国会議員、軍人、およびDB制度を持つその他の公務員は、どうして心配しないのであろうか?何故、兵士はキャビネットの中の借用書(IOU)にさえなっていないもののために、命を懸けるのであろうか?
欠落した資産:
従業員が獲得した額を支払う法的義務
外部積立制度を実施していると否とにかかわらず、いずれの場合にも雇用主は将来の給付を法的に約束している。約束した給付は、充分な信頼と連邦(または州)の徴税権に支えられている。給付は積み立てられているだろうか?それらは完全に積み立てられているのである。なぜなら、制度は退職給付制度の「欠落した資産」、即ち繰り延べられた将来の給付を支払うという制度提供者の法的義務があるからである。給付の約束は、いかなる外部積立の程度によっても制約されない。約束は、支払い時期が来たら給付額を支払うことである。政府が約束を取り消すことが可能であろうか?可能である。しかし歴史は、現在適用されている被用者にとって、取消しが現実的な懸念事項ではない、という主張を支持している。このような資産は、意味の無い借用証書(IOU)がファイルされた書棚以上に意義のあるものである。
欠落した資産は、運用されているわけではない。退職給付制度にとっての資産の価値は、経済の状態とともに絶えず変化する。利子率が高い時は、約束した将来給付の現在価値は低い。逆に利子率が低下すると、現在価値は高くなる。各制度提供者の将来の給付に関するこの債務は、制度にとっての非運用資産である。
しかしながらこの資産は、北米の民間外部積立退職給付制度にとっては、利用可能でない。エリサ法が適用される民間事業主は、将来の給付を約束するわけではない。
筆者を含む多くのアクチュアリーは、FAS87がはじめて公表されたとき、非常に違和感を持った。
「本基準書における審議会の結論は、給付建て年金は事業主と従業員との交換取引である、との基本的理念にもとづいている。従業員から提供された勤務との交換で、事業主は、賃金その他の給付に加えて、引退後収入金額を提供することを約束する。その基本的見解は、年金給付は賜金ではなく、従業員報酬の一部であり、支払が繰延べられているから、年金は繰延報酬の一形態である、と続くということは、基本的見解からの帰結である。さらに、それらの報酬に関する事業主の義務は、勤務が提供されたときに負うことになる、と続くのである。」[29]
80年代中盤におけるこの概念は、極めて新しい見方であり、実際、多くの制度では存在していなかったし、誰からも約束されているわけではなかった[30]。エリサ法は、PBGCの要請を通して既発生給付を実際に支給するために何某かの負担を強いるが、その要請は実際に制度提供者が制度を終了させるまで有効とならない。米国航空会社の崩壊を見てわかるように、たとえパイロットの年金制度においてPBGCの保証給付額がもっと小さかったとしても、制度提供企業の破産時にこのような要請を強いることは、実質的には不可能である。
給料日の借入
繰延引退給付は実質的には雇用契約における取引の一部として獲得した繰延給与である、とFAS87も指摘しているし、従業員も信じている[31]。
従業員が働くと、事業主の債務が給料日に向かって形成され、事業主は給料日に債務と現金とを交換する(借方:現金、貸方:債務)。もちろんこれは、常時完全に更新される完全な会計システムである。たとえ、会計システムが完全に更新されておらず、給料日に貸方:給与、借方:現金の会計処理を行うだけであったとしても、従業員に対するその間の債務は現実的かつ法的強制力がある。
企業の債権者は、給与が定期的に支払われることへの関心が非常に高い。企業の信用格付が賃金の支払不能とされている場合以外にも、債権者にとって賃金の不払いは非常な危険を伴う。なぜなら、ほとんどの裁判において、破産の際の従業員への支払に一定の優先権が与えられるからである。これは、一般債権者が事業主との契約の条件のもとで返済を受ける前に、従業員に対する未払い賃金を先に支払わなければならない、ということを意味する。
従業員に対するその他の未払い額には、優先権がない。払戻しを受けていない経費には、優先権がない。経費の立替払いによる従業員の債権は、企業にとっては単なる無担保債務である。従業員は一般債権者であり、ついでに言えば、たぶん債権者会議に代表を送ることもできない。
会計士により認識され金融経済学で想定されている、現在の労務提供にもとづく繰延給与、すなわち給付建て退職給付制度のもとで支払うこととなる将来の給付額については、どうだろうか?それに対する本稿の回答は、良い点もあり、悪い点もある。良い点とは、既発生給付までの将来の給付に対する加入者の権利は、破産によって減額されることはない、ということである。悪い点とは、仮に全額積立てられていない場合(これが最も有り得るシナリオであろうが)には、従業員が全額受け取ることは有りそうもない、すなわち従業員は将来の給付に関しては退職給付制度の信託資産を頼みにするしかない、ということである。もちろん、PBGCは一定の給付を保証する。しかし、航空会社のパイロットのケースで誇張されているように、保証額は事業主が約束したかに見える額ではなく、多くの場合、それより小さくなる。
FAS87は、既発生引退給付を雇用契約における取引の一部である、と言っている。しかし、退職給付制度のもとで約束された繰延給与の額に相当する「給料日の借入」を得ようと試みてほしい。従業員や会計士は給付を既に獲得した繰延給与と感じているかもしれないが、依然として賜金であることがわかるであろう。
制度提供事業主の利益
以下に述べることは、決して道徳的判断ではない。
アクチュアリーの仕事は、不幸の可能性や事象から抱く極めて自然な感覚を超越し、計数という「大局」に注目することである。いかなる種類の災害においても、アクチュアリーは犠牲者に対する個人的な関心事を超越し、社会がその財政的影響に対してタイムリーに取り組むことに資するために、計数に注目することを求められる。アクチュアリーは、いかに結果が悲惨であろうとも、悲劇によって個人的に崩壊することはない。我々の仕事は、経済および/または国民全体に照らして、現実に起きようとしていること、または起きたことを見極めることである。
企業は、結果を得るためにその資源を使う。製品の価値を最大にするために、投入コストを最小にしようと競う。
雇用コストは、生産における投入物の中では、最も高価な要素であることが多い。雇用コストは、人材の募集、繋ぎ止めの政策と調和する給与水準を設定し、給与関連コストを低く押えることにより、コントロールされる。柔軟性を確保しておくことは重要である。制度提供事業主は時々、将来にコストを引き下げる変更が可能であることを意識して、当座は高いコストの選択肢を採用することもある。401(k)制度は、その良い例である。補助掛金をまったく提供しない事業主もいる。つまり、有用な従業員給付とされる401(k)制度に対する制度提供企業のコストは、ゼロなのである。
給付建て年金制度の場合、状況はどうであろうか?実際の雇用関係コストは、米国においてはエリサ法[32]、カナダにおいても同様の州規則のもとで要請される掛金のみである。損金算入可能なコストは、内国歳入法[33]またはその他税務当局によって制限されている。
制度提供者の法的義務と要請されている会計処理との間には、ほとんど関係がない。損益計算書や貸借対照表は、財務会計基準審議会の規則[34]によりコントロールされている。
恐らく最悪の解釈は、制度提供企業の法律上/契約上の債務と異なる最小限の債務を貸借対照表にて示す、という要件であろう。国際会計基準[35]のもとでは、問題は著しく拡大する。国際会計基準では、制度提供企業は、将来の給与上昇の現在価値を含む将来の給付の現在価値を控除した正味資産を計上しなければならない。これは実際の債務であるにもかかわらず、企業破産時における即時終了給付の合計額の一部でしかない。
このことは、制度提供事業主が退職給付制度の信託資産でハイリスク運用を選択し、所要の退職給付制度の掛金を可能な限り減少させようと試みる理由を説明している。退職給付制度における制度提供企業の債務は、事業遂行に必要な債務と分離可能である。金融経済学の支持者は、退職給付制度の投資においてハイリスク運用(しかも効率的フロンティア[36]を無視して)を奨励することは提供企業の利益に反すると主張する。実際には、提供企業の事実上の債務は「積立度合」にほぼ限定されるため、企業自身や債権者に対する実質的なリスクを増やすことなく労務の単位コストを低下させることは、完全に筋が通っている。労務の単位コストを減らすためには、退職給付制度でハイリスクの投資政策を採用することが最も得策である。米国においては、内国歳入法第404条の完全積立限度が発動することにより、利益は直ちに事業主の現金支払のコストを削減する一方で、損失は長期にわたり償却される[37]。株式投資は、このような結果を得るために役立つ。ローリスク、ローリターンの投資は、目的に適わない。退職給付制度資産におけるローリスク、ローリターン投資は、その他の事業のコストを減少させることなく、退職給付制度に関する事業主の実際のコストを増加させる。
話のはじめに戻って、破産保護を求める航空会社にとって過去数年間の運用損失がどのような違いをもたらしたであろうか?運用損失は、航空会社の交渉の立場を強めた。古い原理に従えば、最も借金が多い者が論争に勝利するのである!しかも、文字通り何十億ドルという企業の債務が、PBGCの行動および協力を通じて航空会社の債権者のポケットに移転した。ある航空会社は特別融資を受ける資格がなかったのかもしれないが、裁判所とPBGCは同程度に価値のある贈り物をしてしまった。
誰がリスクを保有するのか?
一昔前の剰余金の返還議論の際、アクチュアリーは、加入者の給付は既発生給付の約束に限られており、また限られるべきだ、と感じていた。結局のところ、制度提供事業主は決められた引退給付を支払うために信託を設定したのであり、何故、信託資産の受益者は約束された最低限の給付額を上回って受給すべきか、ということであろう。周辺の事情によって基準適合に必要な額を超えて積み立てた限りにおいて、超過資産は事業主に帰属する。信託の債務がすべて支払われた後、最後の加入者の給付を受取る権利が消滅した後に残った資産は、事業主に帰属する。
これは間違った解釈である。北米の外部積立退職給付制度の提供事業主は、債務不履行のリスクを負わない。制度加入者と社会が、そのリスクを負う。剰余金は、債務不履行のリスクを負った者が剰余金の利益を獲得すべきであるという原則にもとづき、加入者および/または社会に帰属すべきである。
北米の制度に関する事業主のリスクは、(制度規定に明記していると否とにかかわらず)積立ての程度までに限られる。米国では、積立金が不足していれば、リスクは社会によってPBGC(財源は保険料)および制度加入者に移転される。航空会社のパイロットの状況は、最も良い例である。
相互関係の管理
経営者には、最良の結果を求めて事業体の資源を使用する義務がある。このことは通常、エリサ法で認められる範囲で最大限、制度を意図的に積立不足にすることを意味する。破産にあたり制度提供事業主は、債権者にできる限り返済を行なう義務がある。なぜなら、その事業体の事業継続に関して最大の影響力を持つのが債権者であることが多いからである。
PBGCと同様にそれを受け入れた場合、社会のリスクとは何であろうか?北米では、退職給付制度における加入者にとって有り得る様々な給付の関係が、ほとんど理解されていない。ほとんどの加入者は、引退年齢前に離職すると退職給付制度からの給付の価値は小さくなる、と理解しているようである。しかしながら、事業主の破産にあたり、期待していた給付より少ない額を受給せざるを得なくなった場合、不公平感が存在する。社会は、制度が約束した給付のうち基本的かつ非人為的部分、すなわち、制度終了時の「成熟した」既発生給付のリスクのみを負う。[RM5]
制度終了リスクに加えて、社会は給付支給時の長生きのリスクおよび投資リスク、すなわち保険リスクを負う。結局のところ、すべての信託制度は、約束した給付のリスクを抱えるには資産が少なすぎる、ということである。
加入者にとっての真のリスクとは何であろうか?現在は積立不足のリスクがよく知られているが、少なくとも加入者が標準引退年齢に近くなるまでは、北米においては既発生給付の価値自身が小さいために、既発生給付の価値と積立金の持分との差額は小さい。加入者にとってのリスクとは、既に発生した給付でなく、予想された給付を失うことである。
既発生給付が極めてポータブル[38]な日本と異なり、北米における既発生給付の退職時価値は、特に制度が早期引退やその他の補助を提供している場合、従業員が個人の引退計画の目的に使う金額に対して、極めて小さな割合にしかならない。制度終了、更には提供企業の支払不能は、特に早期引退補助要件の最低年齢の手前の従業員にとって、不充分な給付しか保証しない。
雇用契約における取引に関連して発生する約束に対する、現状の説明や責務の欠如に関する重大な問題点は、従業員が制度提供事業主と、有意義かつ誘因効果のある引退給付を協定することができないことである。現在は、貸借対照表上の正しい債務は、ABO、即時の自己都合給付の合計額、即時の非自己都合給付の合計額、PBO、といった理論上の立場の間で議論が行なわれている。そのような議論にもかかわらず、従業員は、工場閉鎖における予測勤務給付のような、他のいかなる金額の交渉もできない。なぜなら、たとえそのような給付が存在したとしても、可能性が低いためにの低さゆえに、アクチュアリーがは、信託資産はは決して全額そこまで積立とはならないと確信しする必要はまったく無く、社会的にも保証されることはないだろうと考えるからである。
図の右側は、加入者が就労中に「獲得」した可能性のある退職給付制度の様々な給付を表わしている。これらは法的に約束されたものではないが、加入者の立場から「約束」と記した。この約束に含まれるものとして、日本の概念である自己都合退職と会社都合退職がある。これは、受給権の確定にあたり最も合理的かつ公平な方法である。すなわち、提供事業主が従業員を解雇する時には、従業員は満額の給付を受取れるのに対して、従業員が退職する時には、それより少ない額しか受取れない。したがって、従業員は有利な転職機会を得た時、将来の価値と帳尻を合わせなければならない。日本のアプローチは、非自己都合の解雇等、ポータビリティが最も必要な時に給付のポータビリティを保持している。
図の右側は、現在価値や支給の可能性といった要素を無視しており、単に加入者から見た相対的な一時金価値を表わしているだけである。これらの評価額は、給付建て制度においてはダイナミックでない。時間の経過とともに増加するが、景気循環とともに大きく変動するものではない[39]。
一時金価値の計算方法とその給付の現在価値とに似たようなアクチュアリー用語を用いていることを嘆かわしく思っているため、筆者はそれらを給付の「現在価値」とは呼ばない。少なくとも北米では、現在価値ではない。
図の左側は、給付を支給するための原資の出所を、加入者にとって釣り合いの取れた割合で示している(給付建て制度においては、資産は代替可能であり、信託資産はすべて加入者の給付を提供するために使用されることを認識している)。説明を簡単にするために、以下の記述のほとんどは、米国のフレームワークにもとづいている。特に、PBGCを社会的な保証人としている。
「欠落した資産」は左側を補填するものとして、PBOと等しくなる見える[RM6]ように示されているが、それは、雇用契約における取引の概念のもとで既に提供した労働に対して事業主から約束された繰延賃金(「給付」)と、支払を支えるために使用される外部投資資産との差額を埋めるものでしかない。今日の米国およびカナダの典型的な制度において、欠落した資産は、評価日までに提供した労働によって獲得し、支払時期が来れば支払うことを約束した既発生給付に関する退職給付制度の価値に相当する。
特に図の左側は、「通常の」継続している制度、すなわち事業主が財政難でなく、制度が「満額積立」でない状態を反映することを意図している。しかしながら、これは大きく変動する。約束との対比で、支払財源の規模は、景気循環とともに著しく変動した。
以下の点が、断定または推定できる。
1) 外部に積立投資された資産は、予測給付(勤務および給与をすべて反映)の一時金価値(金額は良かれ悪しかれ従業員が評価)の総額を決して満たすことができない。
2) 最近になって会計士が発見したとおり、既発生給付の現在価値(ABO)は、即時の退職給付の合計額より小さい。
3) 良好な経済状況の時を除き、外部積立資産は、エリサ法が保護しようとしている額である既発生給付の一時金価値に決して等しくならない。
4) 景気後退期には、外部積立資産は、PBGCの債務を全額積み立てるのに必要な額にも満たない水準に低下する。
5) 事業主の破産の際には、事業主株式の価値の損失と、弱い経済が往々にして投資資産の価値を減少させることにより、外部積立資産はPBGCの必要額よりもはるかに低い水準となる。
この推定の背後にあるが説明されていない現実として、破産直前の年における掛金は、合法的(または非合法)に不足する、ということがある。また、挙げられていない事実として、会計基準で要請され制度提供事業主の貸借対照表に計上される債務は、事業主の破産に際して完全に消滅してしまう、ということがある。なぜなら、真の債務は、法律または契約で支えられているもののみだから、である。
PBGCが実際に引き受ける未積立債務は、事業主が健全である時に示される額よりも実質的に大きいのが常である、ということは経済的に見ても確実なことである。この現実は、すべての制度は結局のところ支給中の年金を積み立てるにも小さすぎる、という事実によって一層悪化する。剰余金のある制度は、提供者の好みによって継続するか清算される一方で、資産が底をついてしまったしまった制度はPBGCの債務となる。
図中の欠落した資産は外部積立資産と予測給付の総額との差額を埋め合わせるものではあるが、事業主が加入者に対して行なった実際の約束にもとづき、様々な水準に設定することが可能となる。それは、離職の状況によって変化する幹部職員の「パラシュート」パッケージに似ている。確かなことは、PBGC(社会の保証人)の保護に資するためには、欠落した資産は「PBGCによって保証されている将来の給付は雇用契約における取引の概念のもとで獲得する繰延給与である」という制度提供企業の約束にもとづく額を下回ってはならない、ということである。企業破産法は、未払い賃金と同様に、この繰延給与に優先権を与えるように改正すべきである[40]。
現在、他の懸念事項がないなら、事業主の最良の利益は年金制度を積立不足にすることである[41]。事業主の債権者も、その利益を共有する。事実、退職給付制度に関する債務を貸借対照表に大きく計上することが、債権者にとっては最も好都合である。破産に際して、その債務は債権者に都合よく消滅してくれるからである。残念ながら、加入者や社会はその対極にある。加入者は期待している給付に対する具体的な保証を求めるし、社会はPBGCのような公的機関を不正利用から保護することを求めるであろう。
理想的な世界-欠落した資産
「欠落した資産」は、雇用契約における取引によって既に獲得した給付を支払うという、退職給付制度における法的強制力のある事業主の約束の価値に相当する。約束された額は既に提供された労働にもとづいて獲得したものであるから、破産時には少なくとも他の賃金と同程度の優先権を付与すべきである。約束され、獲得した給付の数理的現在価値は、制度提供事業主の貸借対照表に債務として計上される。その債務は、雇用契約における取引の概念により実質的に想定される繰延給与の約束を会計基準で評価した現在価値と、外部積立資産との差額にもとづく、ダイナミックなものである。
事業主に繰延賃金の約束を法的に認識することを求めることは、退職給付制度に関する欠落した資産を形成することになる。これらの賃金に対して破産時に優先権を与えることは、すべての関係者を調整し、社会を保護することに資する。特に債権者は、自らの利益が財政状態の悪い退職給付制度によって妨げられない、という説得力のある証拠を求めるであろう。法的要件ではなく雇用契約における取引にもとづく会計基準は、このとき初めて現実と適合する。積立は自然に資源の最適利用の一部となり、金融経済学は意味を持つ機会を得る。未積立退職給付制度債務は、事業主の分離不可能な債務となる。
PBGCにより保証される給付の価値という最少額から始め、従業員と事業主とは、より大きな繰延給与の認識に向けて交渉できる。その中には、幹部職員の「パラシュート」と同様に、約束された金額が原因となる事象に依存するような、「ポップアップ規定」を含むことも考えられる。航空会社の退職給付制度の解除で確認したとおり、最大限に交渉したとしても、破産時に法的根拠のない給付を保護することはできないのである。それが北米の現状なのである。
理想的な世界-債務の管理
事業主の約束が、北米の引退給付に関する「約束」の基礎を形成する賜金とは異なって真実のものであるなら、約束をする事業の所有者は、繰延給与の債務を事業体の資源の価値を最大化するように管理することを欲することは明らかであろう。現在[42]と異なり、破産の際には、既に提供された労働に対して将来の引退給付の約束の形態によって現在支払っていない従業員に対する債務は、他の一般債権者より優先されるであろう。
この理想的な世界では、債権者は、事業主がいかにして債権者の利益を損なうことなく退職給付制度の義務を果たすのか、非常に興味を持つことであろう。社会的保証人(PBGC)は、破産/倒産の際の残余財産に対して、現在の残余権でなく優先権を得るであろう。DB制度とDC制度とは、提供した勤務に対する支払いを受ける権利が残余資産の要求に関して同等となるような、公平な場で共存するであろう。
労働契約における取引の概念のもと、獲得した繰延賃金の権利(退職給付制度の欠落した資産)を全額認識することのもう1つの利点は、現在は実現していない会計上の債務と実際の債務との調和である。退職給付制度の会計基準は「雇用契約における取引[43]」という言葉を使うが、米国の雇用関係にはそのようなものは存在しない。
金融経済学は、その時はじめて意味を持つ。約束を行なう制度提供事情業主は、キャッシュフローと資源の必要性とを最もよく適合させるために退職給付制度の約束による債務を管理することに、自己の利益を認める。前述したとおり債権者は、信用力を査定するために未積立の約束した給付の残高に注目する。多くの制度提供事業主は、最低積立基準の如何にかかわらず、信用コストを低下させるために外部積立を選択するであろう。
ま と め
退職給付制度が制定される時、制度提供事業主は現在の勤務に対する繰延給与を約束する、との認識がある。この印象は、様々な会計基準の文言によって増強されている[44]。現実には、北米における一般従業員向け私的制度では、事業主はそのような約束はしていない。北米における退職給付制度の給付は、いまだに引退時の賜金である。
北米の退職給付制度は、事業主の立場から見ると、すべて掛金建てである。北米では、私的制度の提供事業主は信託を設定し、信託を通じて制度が存在し、信託から約束した給付が支払われる。信託内にある制度は、将来の給付を約束する(忘れてならないのは、従業員は信託のために働くのではなく、したがって、雇用契約における取引もなければ、提供した勤務に対する支払い義務を信託が負っているわけでもない、ということである)。法律の制約を別にすれば、信託の設定は事業主側にとって完全に任意である。事業主の唯一の義務は、法律に従って信託に拠出することだけであり、その義務は通常、信託における約束の数理的価値に関連した最低拠出額を課す。北米では、事業主が破産する前の段階では、法的に要請される掛金は既発生給付の現在価値の合計額の水準までである、という状況がある。破産前には、この要件と衝突する事業主はほとんどいない。
一方、異なる法律の伝統を持つ日本は信託を持たず、制度提供事業主は将来の給付の約束を「引当金制度」にて行なう。しかしながら破産時には、給付の約束は、他の債権者と比較されるの優先権の比較において、給付の約束は範囲に制約を受ける。制限される。この給付の約束は、コモンロー[RM7]の国と異なり、破産時になにがしかの優先権を持つのである。
実のところ北米では、事業主は一般の従業員に対して勤務の実績に対して繰延給与を約束する、ということはない。エリサ法[45]においては、そういったことは制約されている可能性がある。事業主は、分離した信託を設定し、信託が制度の条件のもと、制度加入者に将来の給付を支給することを約束する。信託受託者は信託資産を監視する等の義務、および事業主に「掛金」を要請する義務がある。信託は事業主の意思のもとに存在しており、その強制力はほとんどない。制度は給付を明確に決定するために、事業主のもとでの雇用にもとづいた給付算定式を使用するが、給付は、民間制度においては勤務の実績に対する支払いでもなければ、雇用契約における取引の一部でもない。給付建て退職給付制度は、企業の方針の一部である。
エリサ法の運営は、事業主の破産の際、退職給付制度には約束した給付を全額カバーするための充分な資産が決して存在しない、ということを実質的に保証しているようなものである。たとえ制度提供事業主が、退職給付制度の大幅な事前積立が資源の適切な使用法であると考えたとしても、給付の安全性を高めるために、制度の適格性を危うくすることや、損金とならない掛金を負担することを厭わない者はほとんどいないであろう。本質的には、積立の制限は既発生給付全額まである。事業主の破産と積立金の価値の減少は、同時に発生する傾向がある。
最後に、北米における雇用にはもう1つの重要な文化的特徴があり、事業主は現在の勤務の実績に対して繰延給与を約束するのではない、という主張を支えている。
雇用に関連するすべての給付は、通常は企業の方針の一部として、企業の手引書に記載されている。手引書とは、読みやすい形式にした企業の方針である。米国では、企業の方針は契約上のものではない[46]。企業の方針は、実質的にいつでも、しかも過去においては方針や採用時に言ったことを企業が遵守していたことを理由に入社を決めた従業員に対しても、たいした買戻しもなく変更可能である。遡及的な変更でさえ、可能である。実質的に、雇用に関係した給付はすべて企業の方針に含められており、給付建て制度の引退給付も企業の方針であり、それ故、契約上のものではない。エリサ法は、法律にもとづいて引退給付を積み立てることを超えた約束を、事業主に要請していない。獲得した(エリサ法における「既発生」とは異なる)給付は、従業員に対して誰も負っているわけではない。
引退給付は繰延賃金であるとの法的認識によって欠落した資産の創設を要請することが、この状況を変える。「獲得した賃金は、支払われるべきである」を、私的退職給付制度の給付の支払いの基本原則とすべきである。
[1] この論文には、最近Temple University Japanの講師を引退されたDr. Douglas Hardy氏、およびSociety of ActuariesのStaff FellowのMs. Emily Kessler氏による査読と助言をいただいた。ありうべき誤りは、筆者個人に帰属する。
[2] 以上は、次を参照。Carpenter, Dave, “Judge Approves End of United Pension Plans”, http://apnews.excite.com/article/20050510/D8A0KFLO0.html, Associated Press, 10 May 2005
[3] 同前。
[4] “Bush: Social Security trust fund is ‘sitting in a filing cabinet’, http://www.cnn.com/2005/POLITICS/04/05bush.social.security.ap, 5 April 2005
[5] Clements, Jonathan, “Seven Harsh Truths About Real Estate”, The Wall Street Journal Online, http://www.realestatejournal.com/buysell/salestrends/20050510-clements.html, 11 May 2005.
[6] 例えば、フロリダ州の無形個人財産税(Intangible Personal Property Tax)に関する概要は、http://www.myflorida.com/dor/taxes/ippt.htmlを参照。
[7] この概念の一般的議論に関しては、http://www.wallstraits.com/main/article.asp?id=268 (2002年10月16日付)を参照。
[8] 第7章(訳者補足:連邦破産法における清算手続を定めた章)破産にある米国用語。
[9] 米国アクチュアリー会記録、第30巻、第3号、セッション55パネルディスカッション「A Brave New World: Accounting Standards」におけるMr. C. David Gustafsonの発言を参照。
[10] “The Challenge of Central Banking in a Democratic Society”,1996年12月5日のAlan Greenspan議長の演説より。http://www.federalreserve.gov/boarddocs/speeches/1996/19961205.htm
[11] 労働と資源の流動性が、この専制的な状況をいくぶん緩和するであろう。
[12] エリサ法第203条
[14] Choi, James J., Laibson, David, and Madrian, Brigitte C., “Plan Design and 401(k) Savings Outcomes.”2004年6月、National Tax Journalの年金フォーラムのための著述。
[15] Profit Sharing Council of Americaの統計。http://www.psca.org/data/compstock2002.asp
[16] Andrea Coombes, “Forced savings. More firms move toward automatic 401(k) enrollment”, www.marketwatch.com, 2005年6月14日。
[17] ここで「保守的」とは、ローリスク、ローリターンで分散投資されていないことを意味する。
[18] Andrea Coombes, “Forced savings. More firms move toward automatic 401(k) enrollment”, www.marketwatch.com, 14 June 2005.
[19] しかしながら、標準引退年齢の直前まで、受給権確定のための減額が有り得る。
[20] Munnell,
Alicia H., and Sund‚n, Annika, “Suspending the Employer 401(k) Match”, An Issue
Brief, June 2003, No. 12, Center for Retirement Research at Boston College
[21] 何人かの米国の権威者は、これを「離職制度」といっている。それらは、日本の視点では退職給付制度である。引当を要求し、事業主の損金算入を認め、加入者に給付に関する税の優遇を提供している。
[22] 米国と異なり、「就業規則」と呼ばれる企業の方針は、契約的であり事業主のもとで働くすべての従業員が従わなければならない。米国においては、企業の方針は、単に勧告に過ぎない。カナダは、米国に比べて契約の比重を高めているが、米国同様に、退職給付制度は、賜金である。
[23] 日本の法律的伝統は、英系の伝統にもとづくものとは、まったく異なる。法律上の文言は、めったに最終的なものとはならない。
[24] エリサ法第4201条(多数事業主制度改正法より)
[25] 例:エリサ法第302条(d)項の規定
[26] エリサ法第302条(a)項
[27] “Pension Reform in California,” May 2005, http://www.igs.berkeley.edu/libraly/htPensionReform.html. このURLは、この問題に関する多くの新聞記事を参照している。
[28] 2002年米国男子生命表の75%、実質利子率1.5%にて計算。配偶者に対する遺族給付の価値は無視した。実際の給付の詳細は、the National Taxpayers Unionの次のアドレスを参照。http://www.ntu.org/main/press.php?PressID=432
[29] 財務会計基準審議会、財務会計基準書第87号、パラグラフ79
[30] エリサ法第302条(a)項
[31] 財務会計基準審議会、財務会計基準書第87号、パラグラフ79
[32] エリサ法第302条、内国歳入法第412条
[33] 内国歳入法第404条
[34] 財務会計基準審議会、財務会計基準第87号、第88号、第106号、第132号
[35] 国際会計基準第19号
[37] もっとも、不足削減規則によって、一定の制約を受ける。
[38] 本稿において給付がポータブルであるとは、転職後の仕事において転職前と同一の給与、昇進見通し、および退職給付制度を仮定した場合、転職した従業員が、確定給付の累積価値を加えた後で、およそ同一水準の引退給付が得られることを言う。
[39] このコメントは、北米の一時金ルールを無視している。日本においては、私的退職給付制度の価値は、通常は一時金で計算される。年金は、等価な代替的支給形態である。
[40] 多数事業主制度と団体交渉協定には特別な問題があるが、本稿では論じない。
[41] Stephanie I. Cohen, “Pension dilemma: fixing the problem. Policymakers pitch to overhaul pension system”, www.marketwatch.com, 12 June 2005.
[42] 航空産業の交渉で見たとおり、獲得したが支払いを受けていない将来の給与(制度のもとでの給付)に関する債務は消滅してしまう。
[43] 財務会計基準委員会 財務会計基準第87号
[44] 例えば、財務会計基準委員会 財務会計基準第87号 パラグラフ79、国際会計基準審議会 国際会計基準第19号 目的 (a)。
[45] 第401条(a)項
[46] 米国内の州によって、その程度は異なる。「働く権利を守る」州は、企業に対し、変更に関する柔軟性を最大限与えている。
[RM1]「欠落している」とか、「欠落してしまった」とか、「欠落した」とか、様々な感じが含まれていると思いますので、単に「欠落資産」としてはどうでしょう。
[RM2]その結果、満足のいく生活のためには、引退者も働く羽目になるのではないでしょうか?
[RM3]手数料が安いのですかね?できたら聞いてみます。
[RM4]超法規的は消しておきましょう。
[RM5]悪くないと思いますが。。。
[RM6]欠落資産がPBOと等しくなるとは言ってはいないように思えますが、いかがでしょう。
[RM7]コモンローは、なんと訳すのでしたっけ?
Leslie John Lohmann, FSA, FCIA, FNZSA,
EA, FCA, MAAA
Translated and edited by Masaaki Ono, F.I.A.J., Certified Pension Actuary with assitance from Ryo Matsubara, F.I.A.J., Certified Pension Actuary
I sincerely thank them.